未来を見据えた環境への取り組み~歴史ある寺院の「再生」計画~
東京都江戸川区 浄土宗 長谷院
アルミ、ガラス、鉄、木材…現代建築を支える代表的な素材が、由緒ある寺院の長い歴史を大きく塗り替えた。
この建物を一目見ただけで、寺院だとわかる人は何人いるだろう。21世紀という「現代社会」によって必然的に作り出された街の景観に、まるで以前からそこにあったかのように溶け込んでいる様は、寺院特有の荘厳で重苦しい雰囲気は微塵もなく、むしろ清々しささえ感じられる。
今回の「アルミ建物探訪」では、寺院の移転・新築というあまり例を見ない建築プロジェクトを通して、アルミを含む素材そのものの特性を活かした建築やプロダクトデザインに積極的に取り組んでいる㈱プランツアソシエイツの宮崎浩氏を取材した。
現代社会における寺院のあり方
このプロジェクトは、寛永8年(1631年)に草創され、370年もの歴史を重ねた由緒ある浄土宗の寺院、長谷院を港区虎ノ門から移転・新築するというものだった。多くの檀家を有する建立の地「虎ノ門」から、全く地縁のない「江戸川区」の土地へ移る。しかも寺院そのものを一から作り直すというのは、かなり特殊な例だという。
宮崎氏が以前に設計した寺院を見て気に入った住職が依頼し、土地探しの段階から参加している。環状7号線に程近い新興住宅地が建ち並ぶ下町で、周囲を全て道路で囲まれた「鳥状」の敷地形状は、新しい寺院の建設には得がたい条件が揃っていたという。
「今の時代、寺院や墓苑というのは、迷惑施設なんですね。「死」というものをリアルに受け止めにくい現代において、特に墓苑は暗くて近寄りがたい、縁起の悪い場所…という観念が浸透していて、必要以上に忌み嫌われてしまいます。そうではなく、亡くなった方に気軽に会いに行ける明るく開放的な寺院を作りたいと思って設計したのが長谷院なのです」
こうしたコンセプトの元、まずは環境を整えるため、敷地を囲むように植栽を配置した。隣接する公園から続く美しい緑が住宅地との間に緩衝帯を作り出し、違和感を感じさせない。そして通常、寺院の裏側に配置されることが多い墓苑を、あえて南側の本堂正面に計画。明るくオープンなスペースを強調したつくりとなった。
「今の時代にあった寺院のあり方を考えてみました。寺院というと独特の工法で作られた木造建築をイメージしがちですが、今は昔と違って素材も工法も随分変わってきています。無尽蔵にお金が使えるのなら話は別ですが、コストや材料の入手と言った点から考えても、伝統的なスタイルをそのまま復元するのは難しい。そこでまったく新しい概念のもと、現代的な素材と工法を使った今のスタイルで、新境地でのスタートにふさわしい寺院をつくろうという考えがまとまりました」
プロダクト開発と環境問題
アルミ・ガラス・鉄・木・石・左官材…現代建築を支える代表的な素材によって組み上げられた幾何学形態は、静謐で厳かな非日常的空間を見事に構築している。その佇まいは、21世紀における寺院のあり方を静かに主張しているようにさえ感じられた。アルミ押出しによるルーバーや木格子など、素材の持ち味が見事に活かされ、ひとつひとつがプロダクトとして高い完成度を保っている点も興味深い。
「プロダクトそのものに大変興味があり、以前からメーカーと協力して製品開発にも携わっています。初めて設計を担当した建築の現場でサッシを金型から起こすチャンスに恵まれ、アルミという素材の面白さに触れたのがきっかけでした。軽い・押出せる・精度が高い・劣化しにくい…他の素材では得られない多くの可能性を秘めた優れた金属だと思います」
しかし、ひとつのプロダクトを開発するために、大量の素材を使用・廃棄し、さらに出来あがれば莫大な量で流通・消費されていく。こうした現状を踏まえると、プロダクト開発と環境問題を切り離しては考えられないと宮崎氏は語る。
「十数年ほど前でしょうか、広いデッキのある建物を作ろうとしたとき、そのデッキを作るために廃棄される素材の山を見て、大きな矛盾と不信感を抱きました。自然を取り入れた建物を作るために、その何十倍も環境に悪いことを行っているのではないか…そんな思いから建築素材と環境問題について、積極的に取り組むようになりました」
「再生」という言葉の重み
宮崎氏は、再生できる建築素材として、アルミ以外にも再生木等の素材開発にも力を入れている。再生木とは、木粉とポリプロピレン(廃木材・間伐材・廃プラスチックが原材料)を混合融合したあと、アルミのように押出成形した新素材である。
「アルミや再生木は押出成形ができる点はもちろん、共に再生利用できる点が大きな特長です。以前は、建築を考えるうえでひとつの「テーマ」でしかなかった環境問題が、既に「ルール」として受け止められはじめている…そんな時代に入ってきました。建築という仕事に携わる人間が取り組む環境問題は、一般の方が紙の利用を減らす、アルミ缶の回収に協力する、といった話とは少し次元が違う所にあると思うんですよ。社会や環境に与える影響が大きい立場であるということを自覚した上で、この問題に取り組んでいかなければならないと思っています」
頑丈につくられた建築物も、長い歳月を経る事で朽ち果て、いつかは建て替えや修整を余儀なくする時が来る。そんなとき私たちは、未来の環境にまで配慮した建材をどれだけ次世代に残すことができるだろう。
「再生」という言葉の重み…。未来を見据えて選ばれた素材で建てられた21世紀の寺院を温かく見守るかのように、旧寺院で使われていた古木がエントランスホールの長椅子として、ひっそりと「再生」されている。
浄土宗 長谷院
所在地:東京都江戸川区
設計:建築 宮崎浩/プランツアソシエイツ
構造:T&Aアソシエイツ
設備:総合設備計画
施工:清水建設東京建築第三事業部社寺・住宅部
敷地面積:3,908.72㎡
建築面積:538.14㎡
延床面積:877.85㎡
階数:地上3階
構造:鉄骨造 一部鉄筋コンクリート造
工期:2003年1月~2004年7月
写真撮影:北嶋俊治
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宮崎 浩(みやざき ひろし)
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1952年 福岡県生まれ。
1977年 早稲田大学理工学研究科修士課程修了。
1979-89年 株式会社槇総合計画事務所勤務。
1989年 株式会社プランツアソシエイツ設立。
2011年 新山口駅駅前広場整備設計プロポーサル最優秀
2017年 信濃美術館整備事業設計プロポーサル 特定