アルミ建築探訪

モダンデザインから生まれる
個性とアイデンティティー
~アルミが果たす役割と普遍性~

兵庫県「PH-2」

人の個性が否応なしに問われる空間、それが住宅だ。
それぞれに生活する入居者の豊かな個性に負けないインパクトを持ったアルミファサードの集合住宅を取材した。

 JR兵庫駅から徒歩8分。平家物語にも出てくるほど古い街並みには、小さな寺院が数多く点在している。しかし、現状は大きな区画で仕切られ、幹線道路に囲まれた工場地帯。こうした環境の中、工場跡地に計画された一見、奇抜に見えるデザイン性の高い集合住宅には、明確なコンセプトと力強いアイデンティティーが盛り込まれていた。

有機物に近い感覚をもたらす金属

 アルミのルーバーで覆われた「PH-2」という名の建物は、単身者向けの広さ30㎡ほどのワンルームの集合住宅だ。全て同じピッチで連なっているように見えるルーバーの羅列だが、実は上部に向かって徐々に間隔が開けられている。水平に設置されているルーバーは、上部に行くほど角度がついて見えるため、ピッチが等間隔に見えなくなるのを防ぐためだという。デザイン的なバランスが絶妙に保たれたファサードは、建物を一層強く印象づける。
 「周囲は工場エリア、駅からのアクセス方法は広い幹線道路のみ。しかも、それなりの距離感がある。集合住宅としては非常に難しい立地条件でした。ですから、『普通のカタチ』でつくっては、明らかに空き部屋が出てしまう。人を呼び寄せる仕掛けが必要な環境でしたね」。
 設計を担当した建築家の菅匡史氏は、特殊形状の土地を有効活用するために建てられた『PH-1』と呼ばれる別の集合住宅も手掛けている。幅広く事業展開を行っている同オーナーから再度依頼を受け、この建物の設計に携わった。
 「周囲には工場など大きな建物が多いため、まわりの景観に埋もれてしまわないようにルーバーでボリュームと存在感を出そうと考えました。アルミは鉄やステンレスと違って、まるで木のような温もりが感じられる。金属でありながら柔らかな印象が得られるのは、あの色味が一番のポイントだと思います。色白な人の肌に光があたった部分の感じに似て、人工的な印象を受けないところがいいですね。目に触れる生活の場にあっても、決して不快にならない特別な存在の金属だと思います」。

長期的な視野から見たデザイン

 この建物のもうひとつの特長、エントランスからまっすぐ伸びた10mもの長さを誇るキャンティレバーを用いた巨大な庇は圧巻だ。ここにも、菅氏特有の美学とコンセプトが潜んでいる。
 「賃貸の集合住宅というのは一生所有するものではないので、利便性以外には何の期待もされないんですね。それなら逆に、長い人生の一時期に住まう建物は、友達などを呼んだ時に『なんだ、これは!』と言ってもらえるくらいインパクトがあってもいいんじゃないかと…(笑)。それが建物の個性であり、その人なりのアイデンティティーにも繋がるのではないかと思っています」。
 また、賃貸ゆえに発生する問題点についても次のように指摘する。
 「賃貸の集合住宅を設計するには、長期的な視野から見たデザインというものが必要だと考えています。基本はモダンデザインですね。何年経っても古く見えないスタイル…例えばポルシェやベンツ、マッキントッシュやリートフェルトの椅子などが良い例でしょう。賃貸住宅の場合、設備面はともかく建物自体を安易に建て替えるわけにはいきません。しかし年月が経てば周りには新築のマンションが立ち並び、比較されれば不利な立場にならざるを得ない。建て替えを行えば、それだけ収益性を落としますから、極力手を掛けずにカッコいい存在でいられることがベストなのです。こうした観点から見るとメンテナンスフリーのアルミは、非常に有効な素材でした。ルーバーとして外壁に使っても面白く、デザイン性も優れていると感じました」。

在来やプレハブに対抗できる構法

 しかし、菅氏は現在のアルミ建築の普及状況には苦言を呈している。
 「正直な所、今のアルミ建築は我々の領域に入ってきていないと感じてしまうんですよ。木や鉄を選ぶように、簡単に使える状態ではない。技術面もコスト面も、まだまだ不明確な点が多いですね。使ってみたい気持ちがあっても、どういう構造でどう建てたらいくら位かかる…というコスト面の見積もりが立てにくいので、結果的には机上の空論で終わってしまうわけです」。
 現在、「在来」と言われる建築の構法は何十年、何百年という歳月を経て、より理論的かつ合理的に整理されてきたものである。構造材として許可を受けて間もないアルミ建築は、こうした構法とは比較対象にもならないが、逆に新しさゆえの可能性もあるのではと話す。
 「現状の建築というのは、多くの人手を仲介しないと出来上がらないという点が、非常にネックだと感じています。その点、プレハブは合理的な点が大変素晴らしい。プレハブというと工事現場の事務所のような形態を思い浮かべるかもしれませんが、予め工場で部品の加工・組立をして現場で取り付けだけを行うという新しい建築構法のひとつです。アルミ建築の目指す合理性は、この考え方に近いものがあると思うのですが、コストと技術面がまだまだ追いついていないと思うんですよ。この2つがクリアになれば、市場としては十分ニーズがあると思います。在来か、プレハブか、ecoms(アルミ建築)か…といった構法の選択が自由に出来る日が、近い将来やってくることを期待しています」。

PH-2
所在地:兵庫県神戸市
設計:建築 菅匡史建築研究所
   構造 新建技術研究所
参考専有面積:29.92㎡
総工費:約31000万
設備:エアコン、オートロック、CS、BS、CATV
交通:JR東海道・山陽本線「兵庫」駅徒歩8分
プロデュース:有限会社TOY

菅 匡史

菅 匡史(すが ただし)

1966年 兵庫県生まれ。
1989年 近畿大学理工学部建築学科卒業。
1933年 菅建築研究所設立。1993~97年芦屋芸術学院格子。
2001年 兵庫県くすのき建築文化賞。
2004年 American wood design award。日本建築士会連合会賞。神戸市景観ポイント賞。

菅匡史建築研究所
http://suga.727.net