空間の境界をデザインする
~光を取り込む装置としてのアルミ~方円の舎
ecoms20号「納品実例」でご紹介させていただいた「静岡県F市S様邸」。
今回は「方円の舎」として改めて、この住宅の魅力を余すことなく紹介します。
わくわくするような家に住みたい
静岡県F市の中心部より車で10分弱、20年ほど前に開発された住宅地に方円の舎は建つ。
施主であるS様はお医者様。同市内で開業されていたが、職場を移られたのを機に、この住宅をおつくりになられた。
「開業医をやめる決心をしました時に、以前住んでいた医院兼住宅を建替えるか迷ったのですが、購入したこの土地がありましたので、移り住むことにしました。子どもたちも独立していましたから、夫婦ふたりだけの住まいをつくろうと思ったのです」。
当初は別の建築家にお願いしていたが、どうしてもその建築家の提案に納得ができなかったという。
「問題があったわけではありません。むしろあまりに普通の家であることが気になりました。せっかく住むならわくわくするような家に住みたいと思ったのです」。
S様ご夫妻の趣味は登山。日本のみならずアフリカ、中南米、中近東での登山経験もあるという。山で得るような感動そのままとはいかないだろうが、心動かされる空間体験を住宅にも求めたかったのだろう。
そんな折に出会ったのが建築家の小塩康史さんだ。S様ご夫妻が友人宅で見た冊子に「静岡県住まいの文化賞」の受賞作品が紹介されており、目に留まった作品の設計者が、偶然にも同じF市在住の小塩さんだったのである。
方形のコンクリートと円形のガラス
普通の住宅を求めていないS様ご夫妻であれば、さぞや多くの要望があったのではないかと想像したが、意外にも遮音と遮光に関する要望の2点のみだった。
「この家の西側に接した道路は一般道ですが、その隣には切り通し状の幹線道路が走っています。かなりの交通量があるものですから自動車の騒音が心配でした。また、道路ゆえに西日を遮るものが何もありません。その対策もしてほしいとお願いしました」。
S様ご夫妻は、単なる家ではなく住宅作品をつくってほしかったと言う。想像力を駆使し、作品というレベルまで昇華させないとわくわくするような空間はできないからだ。そのためにも要望は最小限に止めたのである。
それに対して小塩さんが提案したのは、鉄筋コンクリートの箱の中にガラスのシリンダーが入った住宅だ。
「騒音対策には、遮音性の高いコンクリートを使うべきだと考えました。しかし、単なる鉄筋コンクリートの壁構造だと開放感が失われてしまう。そこで考えたのがこの構造です」。
かくして方形のコンクリートと円形のガラスの組み合わせによる「方円の舎」は、ここに産声をあげたのである。
シンプルな構造
「鉄筋コンクリート造にしましたが、この構造形式を採用したからこそシンプルで合理的なプランにしようと心掛けました」。
小塩さんが方形と円形の組み合わせたプランを採用した理由はここにもある。単純な幾何学による構成、そして、南北軸を中心としたほぼシンメトリーなプランニング。これによりコストはダウンし、耐震性も向上した。さらに床にはボイドスラブを用いている。これはスラブに計画的に中空のパイプを埋め込んだもので、軽量化を図ることができ、強度もアップするのが特徴だ。
また、方形と円形を組み合わせたプランは、住宅に自然を取り込むうえでも有効に働いた。敷地の周囲にまわしたコンクリート壁と、リビングのガラスとの間に設けられた半外部空間を植栽のゾーンとしたのである。これによりプライバシーと開放感の両立が可能となり、リビングから心おきなく植栽を楽しむことができるようになった。
アプローチからはヤマボウシ、玄関を入るとリビング越しにオリーブと夏ツバキ、テラスを挟んで果樹園が設けられ、ダイニングからは山モミジを楽しむことができる。以前住まわれていたお宅の庭では、日当たりのせいか成長しなかった(かといって枯れもしなかった)ウメはこの果樹園で実をつけるだろうか。
ニュートラルな空間が生む包容力
リビングは高さと広さのバランスが絶妙で、独特の心地よさがある。S様ご夫妻も、「本来であれば、ソファなどの応接セットを入れるべきなのでしょうが、これまで使っていた家具や食器棚を置いたら、思いのほかしっくりしました。それだけ空間に包容力があるのでしょう。小塩さんの目指すニュートラルな空間が実現しているのだと思いました」。
リビングにはエアコンと床暖房を入れ、天井高があることからサーキュレータを用いて暖気を循環させている。床暖房の際に難しいのが、床材の選定だが、ここではあまり見ない風合いのフローリングを用いている。何ですかとお聞きすると、古材を寄木にしたフローリングだという。建築を解体したときに出る古材の質がよい部分だけを集めて寄木にしているのだそうだ。新築の中にも使い込まれた風合いが心地よい。
光と視線をコントロール
フローリングのみならず小塩さんの素材に対するこだわりは独特だ。外観でひときわ目を引くのはFRPのグレーチング。コンクリートのもつ圧迫感を緩和すると共に、光と視線をコントロールするのに一役買っている。
「空間の協会にどのような素材を用いるか。また、それによってどう光と視線をコントロールするかにとても興味があります」。
そう小塩さんがおっしゃるとおり、過去にも、ポリカーボネートやガラスの鎧張り、プリントを施したガラスなどさまざまな素材を用いて、光とそこに住む人の関係を演出してきた。
今後、ぜひ使ってみたい素材は?との質問を投げかけてみると、すかさず「アルミ」という答えが返ってきた。境界、あるいは建築の表皮にあたる部分でアルミの特徴は生きるのではないかとのこと。特にルーバーは、光、視線、空気をコントロールできるので使ってみたいという。また、柔らかい光を内部に取り込む仕掛けとしてアルミを積極的に利用できないかとも語っていただいた。
今回使っていただいたグリッドシェルフも、光を内部に取り込む装置ということができる。ガラスに囲まれた空間で使っていただいたがゆえに、周囲の緑を映しながら柔らかい光を放つ。グリッドシェルフの置かれた廊下に立つと、そこが内部であるか外部であるかを忘れてしまう。
グリッドシェルフの見せる意外な表情に驚かされた1日であった。
所在地:静岡県F市
主要用途:専用住宅
設計・監理:小塩康史
建築事務所VAN・アーキメディア
構造:ライサス建築研究所
施工:第一建設株式会社(担当:綾部元章)
構造:鉄筋コンクリート造
敷地面積:232.40㎡
建築面積:137.89㎡
延床面積:169.90㎡
階数:地上2階
設計期間:2005年9月~2006年2月
施工期間:2006年4月~2007年1月
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小塩 康史(こしお やすし)
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1949年 静岡県生まれ
1970年 東京デザイナー学院建築デザイン科卒業
1988年 VAN・アーキメディアを設立、現在に至る。
静岡県住まいの文化省最優秀賞、静岡県都市景観賞最優秀賞など多数受賞。