13「新幹線再生アルミ」について学ぶ
アルミの工業材料としての特性を深く掘り下げる「アルミ素材学」。第13回目はアルミの持つリサイクル性の高さを生かした「新幹線再生アルミ」について取り上げます。2020年8月5日、東京駅八重洲北口にオープンした新たな商業施設「東京ギフトパレット」。実は、このエリアにおける柱や天井、ファサードの装飾・内装材には、2020年3月をもって引退した東海道新幹線「700系」車両から再生したアルミ材が活用されています。令和元年度日本アルミニウム協会賞の開発賞も受賞した、史上初の取り組みについて、関係者の皆さまにお話を伺いました。
「新幹線再生アルミ」について学ぶ
― 東海道新幹線700系車両再生プロジェクト秘話―
他の金属と比べて腐食しづらく、融点が低いため、使用後の再利用が容易に行えるアルミニウム。再生地金をつくる際のエネルギーは新地金をつくる場合と比べてわずか3%といわれ、さらに再生地金と新地金の品質がほとんど変わらないことから、繰り返し利用が可能なリサイクル性の高い金属として知られています。今回はそんな特性を生かした「新幹線再生アルミ」について、経緯から今後の展望まで、幅広くお話を伺いました。SUSも「溶解」「押出」「加工」などで携わった、プロジェクトの舞台裏をたっぷりお届けします。
1.はじまり
きっかけは、何気ない雑談史上初の挑戦へ向けて
2020年8月5日、東京の玄関口である東京駅八重洲北口の改札外に、新たな商業施設「東京ギフトパレット」が開業しました。この空間を彩る柱や天井、ファサードの装飾・内装材には、1999年に運行を開始し、2020年3月をもって引退した東海道新幹線「700系」車両のアルミ材が再利用されています。加工方法によって、使用割合は異なりますが、中でも押出材による壁・柱装飾は「新幹線再生アルミ材アルミ材100%」。実は、このように新幹線のアルミが別のプロダクトとしてリサイクルされたのは、史上初めてのことでした。
「新幹線から再生したアルミを建材として使用するというアイデアが生まれたのは、約4年前のことです。当時、私はジェイアール東海静岡開発という会社に出向し、高架下の開発を担当していました。高架下は、上を走る線路との兼ね合いで、建築に関する制約が多い場所です。そうした課題を解決する方法の1つとしてアルミ建材の活用を考え、SUSと仕事をするようになりました。やがて、何気ない雑談の中で、東海道新幹線700系の車両に使われているアルミ合金が、建築基準法に適合していることを知ったのです。もちろん、新幹線がアルミでつくられていることは以前から分かっていましたが、建築へと発想がつながったのは、この時が初めてでした。その後、東京ギフトパレットの開業へ向けたプロジェクトの担当部長として、東京ステーション開発へ出向することになり、新幹線を建材として生まれ変わらせる計画が具体化していくことになります」(日下部昭彦氏)。
歴史と資源の両面から新たな価値を生み出す
東京ステーション開発は、商業施設「東京一番街」の企画・運営などを手掛ける、JR東海の100%子会社です。東京ギフトパレットは、2020年7月に予定されていた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の開催を見据え、国内外のお客さまを迎える東京駅の新しい商業施設として開発が始まりました。プロジェクトにおいて重要視されたのは大きく2点。1点目は国内だけでなく、オリンピックで日本を訪れる海外の方にも「よいもの」だと思ってもらえる施設にすること。2点目は、オリンピック需要で高騰する建設費用を、いかに抑えるかということです。この2点を実現させる案として浮かんだのが「2020年で引退を迎える新幹線700系の再生アルミを建材としての活用すること」でした。
「戦後復興のシンボルでもあった新幹線は、日本が鉄道技術の粋を結集させてつくり上げた世界初の高速鉄道です。その開業は、日本の最先端技術を世界にアピールする役割も担った一大プロジェクトでした。また、実は私の父もかつては国鉄の技術者として東海道新幹線の建設に携わっており、個人的な思い入れもありました。近代日本の発展に重要な役目を果たし、進化しながら現代まで続く新幹線の引退車両が、オリンピックを機に商業施設として生まれ変わるというストーリーは、国内外問わず、多くのお客さまの心に響くのではないかと考えたのです」(日下部氏)。
とはいえ、前例のない挑戦に社内から「本当にできるのか」という懐疑的な声も多く挙がったとのこと。そうした中でも、当時東京ステーション開発の代表取締役社長を務めていた谷津剛也氏(現:JR東海 執行役員事業推進本部副本部長)から「失敗してもよいから、チャレンジしてみよう」との後押しがあり、新幹線再生への取り組みが本格的にスタートすることになりました。
2.「高精度アルミ選別」の確立
新幹線再生を阻む壁とは?選別法の開発に着手
東海道新幹線「700系」の再生にあたり、問題となったのは、アルミ以外の付着物をどう取り除くかということでした。新幹線と一口に言っても、系統によってその構造は異なります。700系の車両は6000番台の展伸材用アルミ合金による押出材をベースに、何層もの塗装を施し、制振材や断熱材のほか、各種接着剤、ボルトや補強材などのさまざまな素材を組み合わせて設計されています。こうした付着物の除去が容易には行えなかったことから、従来、新幹線のアルミスクラップは、鉄などを製造する際の脱酸素材として再利用されてきました。そのため、新幹線を建材として再生するには、まずアルミ合金とそれ以外の金属・異素材を選別する方法を確立する必要があったのです。さらに建設費の抑制という狙いを実現するため、選別に高いコストはかけられません。プロジェクトに携わった東京ステーション開発の中村和弘氏は模索・検証を重ねた当時を振り返ります。
「まず考えたのは、コンクリートの破砕などに使用される高圧のウォータージェットで付着物を取り除く方法でした。しかし、除去自体はできたものの、想定よりも時間がかかり、コストがかさむことから、採用には至りませんでした」(中村氏)。
第1回溶解試験から明らかになった問題点
続いて挑戦したのが、展伸材のリサイクル時に行う「溶解工程」を利用した方法です。付着物とアルミ合金の融点や比重の違いを利用すれば、細かな分別作業をしなくても、溶解時に分離ができるのではないかという仮説が立てられました。500mm×1000mmの大きさに切断した車両からまずは手作業で異種金属およびその他の異物を分離して、割合・種類を確かめた後、その影響を考慮して溶解炉への投入量を決定。2018年12月にSUSの福島事業所にて実際に溶解試験が行われました。その結果、新幹線700系車両の再生アルミを用いた押出用のビレットが出来上がりましたが、問題は、溶解時に発生するドロスと呼ばれる不純物の量が想定よりも多かったこと。歩留まり率が非常に低かったため、コスト面での課題が残り、溶解前の選別は必要であることが示されました。
成功した第2回溶解試験
高品質な再生アルミの完成
「1度目の溶解試験で明らかになった問題を解決するために相談したのは、旧国鉄0系新幹線の時代から解体作業をお願いしている産業振興株式会社です。ここでは、車両をさらに細かな100mm程度のチップ状に裁断し、振動選別機や磁気選別装置にかけることで、異物を除去できるのではないかとの提案を受けました。しかし、実際に細かくしたチップ材を検査したところ、以前より改善されてはいたものの、選別の精度としてはまだ不十分でした」(中村氏)。
そこで、改めてチップ材を機械にかけた際の挙動などを調査し、新幹線アルミの選別に最適な方法を模索。産業振興の協力会社が保有する設備を活用することでコストは抑えつつ、高性能振動ふるい分け装置のほか、電磁誘導や過電流を用いた選別工程も加えて分離を促し、最後は人によるチェックも行うことにしたそうです。こうして出来上がったチップ材を使い、再びSUSの福島事業所で溶解試験を実施すると、ドロスの量は大幅に減少。鋳造された再生ビレットは、押出性能やアルマイト表面処理などの加工性能に関しての基準もクリアしており、高品質な「700系新幹線再生アルミ」が完成しました。
今回の開発で得られた新しいスクラップ作業の方法を東京ステーション開発では「高精度アルミ選別」と命名。「アルミニウム製鉄道車両のリサイクル方法」というタイトルで特許(第6786689号)も取得しました。
3.デザインの力
再生アルミで伝統を表現
軽やかに舞う、のれんの意匠
時を少しさかのぼり、「新幹線再生アルミの建材化」の実現にあたり、背中を押した出来事がもう1つありました。それは、まだ本プロジェクトの検討が開始された直後のこと。以前JR新富士アスティ新設プロジェクトを担当したCMYKの代表であり、空間デザイナーの吉里謙一氏が挨拶のために東京ステーション開発を訪ねてきたことから始まります。その場で、「新幹線再生アルミを活用した商業施設の開発」について、背景にある想いも含めて話を聞いた吉里氏が、1週間後には再生アルミを活用したデザイン案を持ち、再度訪ねてきたのです。まだ、具体的な計画は何も決まっていない段階でしたが、日下部氏・中村氏のお2人はそのイメージが大変気に入り、「この企画には人を動かす力がある」と、気持ちを新たにしたそうです。
なお、実際のデザイン決定に際しては、大手内装会社も含めたコンペが開催され、選考が行われました。「新幹線再生アルミ」を活用した複数の作品から、最終的に吉里氏の案が採用され、実施に至ったという流れです。
「デザインの中で最初に構想が固まったのは、のれんをモチーフにしたファサードです。東京ギフトパレットが立地する東京駅の八重洲北口は、歴史ある商いの町、日本橋へと通じており、この伝統的なイメージを先進的なアルミで表現したいと考えました。金属という存在感のある素材を軽やかに見せるため、のれんが揺らぎ、舞っている形を連想させる曲面形状にしています。この、のれんのイメージは、最初にお2人へお見せしたデザイン案の時から、最後まで変わることはありませんでした」(吉里氏)。
2つの区画をつなぐデザイン
通路も含めた一体感の醸成
実は、東京ギフトパレットには、「新幹線再生アルミの建材としての利用」の他にも、史上初だったことがあります。それは、お店が並ぶ区画の中だけでなく、コンコースと呼ばれる駅の通路部分を含め1つの空間としてデザインされたこと。2カ所に分かれた商業エリアの中央を通るコンコースの床タイルは、売場の中から一体となって続くデザインで並べられています。また、柱や天井の装飾も、区画内との統一感を出しつつ、上品な空間をつくり上げました。
「床のタイルは八重洲の“八”をベースに、2つの空間をつないで、広がっていくように配置しました。コンコースの柱および天井の意匠は、八重洲のさくら通りにある桜並木を表現しています」(吉里氏)。
なお、特徴的な柄を構成する床材には、ジェイアール東海商事の提案により、同社の看板商品である「ミノアール」という美濃焼のタイルが使用されています。豊富なバリエーションを持つこのタイルは、吉里氏のデザインにさらなる力を与えました。
4.イメージを具現化する
加工方法の決定にも一苦労
1つ1つ課題を乗り越えて
オリンピック需要の高まりの中、東京ステーション開発が、コストを抑えるための施策として実施したことは3つ。1つ目は、700系新幹線の再生アルミ材の活用。2つ目は、通常は施工者が手配する資材をグループ会社であるジェイアール東海商事から購入・支給する支給材方式の実施。そして3つ目が設計段階から、施工会社にも参画してもらい、技術的なノウハウを取り入れることで、経費を削減するECI(アーリー・コントラクター・インボルブメント)方式の採用です。施工を担当した乃村工藝社の小堀貴史氏は、吉里氏のデザインを形にするため、再生アルミの加工方法の検討から携わり、奔走しました。
「柱や壁の装飾はSUSの押出技術で対応できることが分かっており、比較的スムーズに進んだ一方、苦労したのは天井を飾る桜型のレリーフと、のれんの製作です。当初は押出材を組み合わせて形にできないか検討したものの、なだらかに変化するR形状が実現できず、別の加工方法を探すことになりました。いろいろな会社に協力を仰ぎましたが、一度に製造するロットの量が多すぎたり、再生アルミを使用できる割合が数%しかなかったりと、なかなか条件に合うメーカーが見つかりません。また、通常の生産を止めての特別対応になり、非常にコストがかかるという回答もありました。そんな中、『何とかやってみよう』と、前向きに検討していただけたのが、仏像や神具・仏具などの鋳造を手掛ける、株式会社金井工芸鋳造所と、1円玉の元になる1円貨幣用アルミニウム円形の製造で知られる、アカオアルミ株式会社でした」(小堀氏)。
伝統の技でデザインを形に
のれんとレリーフが完成
まず、金井工芸鋳造所が製造を担当したのが、のれんです。最初に木で原型を製作し、それをベースにつくった砂型に溶けたアルミを流し込んで固める、昔ながらの砂型鋳造が用いられました。現場にはプロジェクトメンバーも足を運び、デザイナーの吉里氏はのれんの軽やかさを形にするため、職人の方と打ち合わせを重ねたとのこと。大仏の製造などにも使われる伝統技術によって、1つ1つ手作業でつくられていく様子に「感動した」と話されていました。最終的に完成したのれんは全部で180枚。他社では数%と言われた再生アルミの配分率も最終的に50%まで高めることができました。
次に、アカオアルミが手掛けたのが、桜のレリーフです。こちらには圧延という技術が使われています。ビレットとして固められた新幹線再生アルミを一度溶かし、圧延に適した成分になるよう調整を行ってから、スラブと呼ばれる塊を製造。これを圧延機にかけて適切な厚さに延ばし、レーザーカットでパターンを刻んだら、塗装を施して完成となります。ここでのこだわりは、板の厚み。見栄えのバランスを考えて検証を重ね、3mmという結論にたどり着きました。なお、圧延に適したアルミ合金の成分は、鋳造よりも規格が厳しく、桜のレリーフに使われた再生アルミの割合は20%となりました。
こうして試行錯誤の末に形になった内装建材は、実際の工事に先駆けモックアップにて、東京駅を所管するJR東海の関係者にお披露目されました。そこで受けた、機能性・安全性などに関する指摘事項を元にさらなるブラッシュアップが図られ、ついに新幹線再生アルミを建材として再利用した商業施設、東京ギフトパレットが完成しました。
5.愛される新幹線
再生アルミが持つ話題性
新幹線が持つ特別さ
開業から早1年。現在も東京ステーション開発で業務にあたる中村氏に、これまでの反響について伺いました。
「今回のプロジェクトは、史上初の試みとして、日本アルミニウム協会賞の開発賞を受賞するなど、今までにない話題性がありました。予想していた通り反響は大きく、多くの取材依頼が入り、たくさんの方に驚いていただくことができました。さらに、1年経った今でも、『話を聞かせてほしい』というお話があり、継続して話題を集めていることを感じます。この傾向は駅を訪れるお客さまも同様です。東京ギフトパレットには、内装材のほかにも新幹線再生アルミからつくられた6枚の記念プレートが飾られています。これを探しに訪れる方も多いようで、一時的な盛り上がりで終わらず、注目し続けていただけていることは、ありがたいと思っています」(中村氏)。
記念プレートの裏には、新幹線700系の引退へ向けて企画された、団体専用列車に乗車した方々のサインが記されているとのこと。イベントの際、お客さまの案内にも参加した小堀氏は、その時の様子が忘れられないと言います。
「参加者の様子を間近で見ることで、700系新幹線が本当に愛されていることを実感しました。多くの方にとって特別な存在である新幹線の再生プロジェクトは、本当にやりがいがありました」(小堀氏)。
6.新幹線再生アルミのブランド化
社内から社外へ
広がっていく活躍の場
プロジェクトを通して、「高精度アルミ選別」の方法を確立したJR東海では、現在、「新幹線再生アルミ」の事業化に向けて動き出しています。
「高速鉄道である新幹線車両は、新造する車両と同じ台数を廃車にしており、毎年数編成(1編成は16両)の解体作業を行っています。こうした今後廃車になる車両も再生アルミとして生まれ変わらせ、社内の工事はもちろん、ジェイアール東海商事を通じて社外にも提供していきたいと考えています。その第一弾は既にスタートしており、今年の4月にオープンした、イギリス発の自然派化粧品ブランド『ザボディショップ(THE BODY SHOP)』の新店舗に新幹線再生アルミが採用されました。日本法人はもちろん、イギリス本国の社長が、新幹線再生の取り組みを高く評価してくださった結果だと聞いています」(日下部氏)。
ジェイアール東海商事で新幹線再生アルミの販売に携わる江藤正造氏に、直近の動きについても教えていただきました。 「ザボディショップの新店舗は、4月に3カ所がオープンし、9月以降も継続してご使用いただける予定です。押出はSUSに、加工・施工は乃村工藝社にお願いをしており、正面のファサードや、レジカウンターおよびバックウォール、什器の内装に新幹線再生アルミが活用されました。他に、クリームをすくうスパチュラも新幹線再生アルミから製造し、販売しています。まだ、確定していないものもありますが、他社でも計画が進んでおり、新幹線再生アルミのブランド化へ、取り組んでいます」(江藤氏)。
こうした動きに向けて、ジェイアール東海商事の皆さんは、SUSの福島事業所で、鋳造の研修にも参加されました。これは、アルミの技術を理解した上で販売をしたいという希望に基づくものでした。
持続可能な社会の形成へ
新幹線再生アルミの価値
近年、持続可能な開発目標(SDGs)に対する取り組みの必要性が強く訴えられる中、海外を中心に単に売上や利益だけでなく企業が社会に対して負う責任を重要視する考え方が広がっています。環境・社会・企業統治の視点から投資先を選ぶESG投資の市場規模も拡大を続けており、SDGsに取り組まない企業は今後淘汰されるとも言われるほど。新幹線再生アルミが持つ付加価値は、その点でも非常に時代に合っていると考えられているそうです。
「アルミニウムは、再生地金をつくる際に必要なエネルギーが新地金をつくる場合と比べてわずか3%といわれる、リサイクル性の高い金属です。新幹線再生アルミの活用は、CO2抑制などの面からも有効性が高いと考えられます。さらに、新幹線という乗り物が持つ歴史・特別性もあり、単に素材としてだけでない価値を提供できるものだと思います。皆さんの力をお借りしながら、さまざまな活用方法を検討し、引き続き、世の中に訴求をしていければと考えています」(日下部氏・江藤氏)。