12「耐食性」について学ぶ ―その2 ―
アルミの工業材料としての特性を深く掘り下げる「アルミ素材学」。第12回目は「耐食性」について取り上げます。SUSでは2007年に東京都中央区にある浜離宮恩賜庭園内船着場の桟橋をアルミ構造材で手掛けた後、2011年、2015年、2019年と3回にわたって現場の実態調査を行ってきました。今回は、2019年に実施した第3回調査報告書と、本調査を依頼した軽金属製品協会へのインタビューを元に、海水の干満帯域という厳しい環境かつ、10年以上におよぶ長期間の使用でも実証された、アルミの高い耐食性について取り上げます。
「耐食性」について学ぶ ―その2 ―
アルミニウムは酸素と非常に結びつきやすく、大気中では常に緻密で安定した自然酸化皮膜を形成し、表面を保護することから、耐食性に優れていることで知られる金属です。今回は、“海水の干満域”という厳しい環境下においても実証された、アルミの高い耐食性について、実態調査報告のレポートを元にご紹介します。
厳しい腐食環境下のアルミ桟橋実態調査で貴重なデータを収集
2019年10月、SUSは一般社団法人軽金属製品協会の協力を得て、3回目となる「浜離宮恩賜庭園内船着場の耐久性調査」を実施しました。調査対象となる船着場のアルミ桟橋が竣工したのは、2007年3月。SUSがアルミ構造材を建材として提供した物件で、桟橋の柱脚に「海水に漬かったままの部分」、「潮の干満で水中と水面上を繰り返す部分」、「水面上で海水のしぶきを浴びる部分」がある、金属にとって複雑で厳しい腐食環境に設置されたアルミ建築です。その化学的性質から、耐食性に優れていることで知られるアルミですが、実際に海水に漬かったり、潮の干満の影響を受けたりする環境で使用されている事例の本格的な調査は、日本国内では今までに例がありません。本物件を継続的に調べることで、今後のアルミを用いた製品開発・提供に向けた貴重なデータが得られると考えたSUS。東京都の許可を受けて2011年から調査を開始し、このたび3回目に至りました。
竣工12年後でも状態は良好第3回の調査結果
これまで2011年(4年経過時)の第1回及び、2015年(8年経過時)の第2回調査のいずれでも、全体としておおむね良好な状態が保たれていることが確認されたアルミ桟橋。2019年(12年経過時)の第3回でも、過去の経過と同様の傾向を確認することができました。
なお、調査ではアルミ構造物の各部位に対して目視観察を行ったほか、手摺・方立・柱脚の一部で膜厚測定を実施しました。「外観評価」に関しては、汚れ(貝類付着、油分付着)、腐食、変色、ふくれ・キズの程度を部位ごとに観察・記録し、写真撮影を行っています。調査方法は以下の通りです。
調査方法
■調査構築物
浜離宮恩賜庭園船着場・桟橋
竣工:2007年3月
(東京都中央区浜離宮庭園1-1)
■調査日時
2019年10月28日(経年12年)
■観察方法
a)目視観察
原則として50cmの距離から行った。
b)腐食の状態確認
JIS H 8679-1(アルミニウム及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜に発生した孔食の評価方法 -第1部:チャート法)のレイティングナンバ標準図表(RN)を用いた。
c)写真撮影
デジタルカメラを用い撮影した。
d)膜厚測定
渦電流膜厚計(サンコー電子研究所EDY-1)を用いて行った。部材表面の貝類など付着物を除去後測定した
1.桟橋上部の状態
アルミ桟橋の上部は、飛来する海塩粒子の影響が最も激しい海浜(沿岸から300m以内の地域:JIS Z 2381 大気暴露試験方法通則 附属書C C.3 海塩区分より)環境に曝されている構築物です。
1.1 外観観察結果
1)笠木、手摺、方立、サッシ、案内板波板、風除け目隠し板
複合皮膜仕様により、腐食・変色などの劣化は見られず、良好な状態でした。直接風雨に曝される状態にあることから、セルフクリーニング※作用の効果もあると考えられます。
※セルフクリーニング
雨水によって塩分や汚れが洗い流される現象。
2)ルーバー、軒天
乗船側のルーバーは屋根の覆いがなく、直接雨に曝されることから、セルフクリーニング効果で、汚れ・腐食などの劣化が起きず、綺麗な外観を保っていました。
一方、雨のかからない券売所側のルーバーや軒天には、土埃などによる汚れが付着していました。また変色がある個所もあり、一部にピッティング(点食)が発生していました。これらは8年経過時の第2回調査と比べて若干劣化しているものの、一般の屋外同様製品と大差はないと思われます。
2.桟橋下部の状態
アルミ桟橋の下部は、潮の満ち引きによって海水への浸漬状態が変わり、位置や部位で腐食環境が異なります。
2.1 外観観察結果
1)柱脚
①上部全般(海水に漬からない部位)
水面上で海水のしぶきを浴びる柱脚の上部では、船着き場側のX8列であっても腐食、変色、ふくれなどは認められず12年以上経過しても健全な美観を維持していました。
②中央部X1~X6列(海水に漬かる時間が短い券売所側)
潮の干満で水中と水面上を繰り返す中央部でも、海水に漬かる時間が短い券売所側の柱脚では、腐食、変色、ふくれなどは認められず、健全な状態を維持していました。これは表面処理仕様が適切であったことを示唆しています。
③下部X1~X4列(券売所側)
海水に漬かる柱脚の下部でも、券売所側に関しては、ほとんど劣化が見られませんでした。
④下部X4~X8列(海水に漬かる時間が長い船着き場側)
船着き場側の柱脚下部には、腐食、変色、ふくれなどが観察されました。特にX6~X8列では、前回(8年経過時)の報告書に記載されているように深い浸食(25mm~57mm)が認められ、部位によっては前回推定した浸食速度4mm/年を若干上回っているようでした。
この現象はX8列の直ぐ前(約50cm)に、乗船乗り場へ連絡する鉄製の橋を支える鉄骨構造物があり、柱脚と電気的に導通し、アノード部(柱脚の局部的な素地露出部)に対してカソード部(鉄骨構造物)の表面積が著しく大きいことから、電気化学的接触電流が多量に流れることで接触腐食が促進されて異常腐食となり、浸食が進んだと考えられます。浸食の程度は鉄骨構造物(海側)に近いX8列、X7列で著しくなり、距離が遠くなるほど異常浸食は見られませんでした。
2)ゴミ除去スクリーン
海水に浸からないスクリーン上部では、腐食、変色、汚れ、ふくれなどの塗膜の異常は全く認められませんでした。スクリーン下部では貝類の付着が著しく、スクリーンの隙間が全くなくなるほどに繁殖していました。
3)筋交いアルミ材及び柱脚の筋交い接合部
筋交いアルミ材の円形切り欠き部はアルミ素地が露出しています。
海水に漬からない上部の円形切り欠き部では腐食は認められませんでした。一方で、海水に浸かる時間が長い下部に位置する円形切り欠き部ほど腐食の程度が大きい傾向が見られ、8年経過時の前回調査よりも若干腐食が広がっているようでした。
柱脚と筋交いの接合部に用いられているステンレス鋼六角ボルトには、鱗片状亜鉛積層エポキシ樹脂塗装処理が施されており、一部に軽微な赤さびは見られるものの、アルミの白色流れシミは軽微で、アルミ-ステンレス鋼間での接触腐食の防止効果を発揮していました。
4)床下梁部のアルミ以外の金属部材
ブレース・リブ及び接続プレートは、前回調査(8年経過時)ではほとんどが白さびにとどまっていましたが、今回の調査では軽微ではあるものの、赤さびが発生していました。
接合ボルト、ナットは前回調査ですべてに赤さびが発生しており、今回調査では赤さびの程度が進んでいました。
これら溶融亜鉛めっき処理の鋼材は、海洋雰囲気で早くから赤さびが発生したため、亜鉛めっきだけでなく、防食性塗膜を施すなど再考する必要があります。
2.2 複合皮膜厚さ
柱脚、ゴミ除去スクリーン斜め支柱の複合皮膜厚さは、過去2回の調査結果と比較して違いはほとんど見られませんでした。膜厚の分布で見ると、汚れの固着によるものか、経年とともに膜厚が増加しているように見えます。
3.まとめ
第1回から3回の調査研究の結果を以下の通りまとめます。
1)アルミニウム表面処理材は、海浜環境において十分な耐食性を示しました。海水・干満帯に使用する構造材料としては、鉄よりもアルミニウムが優れ、その表面処理は、複合皮膜仕様、粉体塗膜仕様が有効です。複合皮膜の種類としては、種類A2で十分な耐久性が認められました。ただし、アルミ押出形材を使用する際、複合皮膜でも塗膜が静電塗装仕上げではエッジ部、コーナー部の塗着性の劣る箇所で、海水中に大きな面積の異種金属が存在すると、アルミの異常な浸食が生じます。
2)海水・干満域、海浜地域に用いるアルミニウム構造材の接合部には、防食設計を十分施す必要があります。特に海水中にアルミニウムを構造材料として用いる際、近傍の鉄骨など大きい構造物とは電気的絶縁状態にすることが求められます。
3)海水・干満域の実暴露試験ではボルト、ナットのステンレスを無処理で使用するとアルミニウム材料は著しく浸食される接触腐食を生じました。ステンレスボルト・ナットには、鱗片状亜鉛積層エポキシ樹脂塗装処理を施すことで、接合部の接触腐食を防ぐことができました。
4)アルミニウムにも海洋生物は付着・成長しますが、腐食などの問題は生じませんでした。
5)この度の調査結果データは、海水・干満域でのアルミ構造物に、アルミ押出形材を適用するための『防食設計と取り付け施工指針』に役立つと考えられます。
調査研究の内容について
第1回調査研究
Ⅰ.現場の実態調査(2011年4月21日実施/4年経過時)
Ⅱ.人口海水を用いた複合サイクル塩水噴霧試験による耐食性評価
Ⅲ.海水や海水雰囲気中におけるアルミニウムの耐食性に関する国内外の文献調査
第2回調査研究
Ⅰ.現場の実態調査(2015年6月5日・7月31日実施/8年経過時)
Ⅱ.アルミニウム表面処理材と溶融亜鉛めっき鋼板の海水干満帯域暴露試験
Ⅲ.国内文献調査によるアルミニウム材料の耐海水性
第3回調査研究
Ⅰ.現場の実態調査(2019年10月28日実施/12年経過時)
『海水干満帯域におけるアルミニウム構築物の耐久性に関する調査報告書(第3報)-浜離宮恩賜庭園船着場アルミニウム構築物の耐久性-』では、今までの集大成として、第1回調査・第2回調査の内容もまとめています。
レポート全文をご覧になりたい方は、こちらまでお問合せください。
※第1回調査のデータは本誌22号 P.19-22で、第2回調査のデータは本誌33号 P.30-36(アルミ素材学6 「耐食性」について学ぶ)でそれぞれ抜粋してご紹介しています。
軽金属製品協会に聞く!
「海水干満帯域におけるアルミニウム構築物の耐久性に関する調査報告」の意義
海浜および海水干満帯域に立地するアルミニウム構築物の実態調査を中心に、アルミの対海水耐食性に関する貴重な知見を得ることができた今回の調査研究。正確な測定を行うため、SUSは試験方法の決定や実際の調査を、日本で唯一のアルミ表面処理に関する試験研究機関である、「一般社団法人 軽金属製品協会」へ依頼しました。第1回から継続して携わっていただいた、同協会の専務理事である佐藤信幸氏と、研究センター所属の土屋正一氏に、本調査の意義と感想を伺いました。
2021年4月26日インタビュー
アルミニウム製品の多様な調査・研究を手掛けられてきた軽金属製品協会の皆さまから見て、今回のレポートにはどのような意義があると考えられますか。
海浜および海水干満帯域で使用されている「実際の建物」で、かつ「12年という長期にわたって」耐食性の実態を調べることができたという点に大変価値があると思います。協会では塩水の噴霧、乾湿の繰り返しなど、試験機を用いたさまざまな加速劣化試験を実施していますが、それが、実環境の何年分に相当するかは難しい問題であり、必ず議論が起きます。その点、実態調査で記録されるのは使用した年数に対して起きた「事実」ですから、素材や表面処理の検討において、より信頼できる指針となります。
そもそも、実例を調べることが重要である一方、一般的に「調査は、問題を見つけるためのもの」というイメージが強く、建設会社などになかなか許可をもらえないという現実もあります。今回のアルミ桟橋に関しては、SUSが東京都に掛け合い、貴重な機会を得たこと自体が素晴らしいと感じています。
第1回目は、方法の検討からスタートしたと伺いました。これはなぜですか。
これまで、軽金属製品協会が手掛けてきたアルミの耐食性に関する実態調査や屋外暴露試験は、一般の大気環境におけるものが中心でした。前提として日本では、海浜・海水干満帯域における建築物には、特殊なステンレスやチタンを使うケースが多く、アルミを用いた実例自体が、ほとんど存在しません。そこで、初回の調査を実施する前に、調べるポイントや観察の方法を協議し、ある程度のやり方をまとめました。例えば、柱脚は十字状の形材を用いているため、測定面は8つあり、それぞれに対して上部・中央部・下部と3カ所の状態を調べるといったことを決めています。
実は、浜離宮恩賜庭園船着場のアルミ桟橋から完全に潮が引くタイミングは年に数日しかありません。1回目に手順を定めたことで、限られた時間で正確なデータを得ることができました。さらにこの手順そのものも、今後の資料になると思います。
実際の結果を見て、開始前の予想と異なっていた点などはありましたか。
調査を行う前から、複合皮膜処理をしたアルミ構造材が、海水中でも良好な状態を保つことは予想していましたが、実際に観察してみると、想定よりも健全であったことに驚きました。近くに表面積の大きな鉄骨構造物がある個所では、異常腐食が見られたものの、そこを除けば、乾湿を繰り返す厳しい環境下でも十分な耐食性を示しています。これは、溶融亜鉛めっき処理の鋼材では、海水に漬からない海洋雰囲気中でも早くから赤さびが発生したのとは、対照的な結果です。
また、こちらは想定通りですが、アルミ桟橋の上部にある手摺や波板なども雨がかかる場所に関しては、非常に綺麗でした。アルミを用いた海洋建築物において、上部でも下部でも高い耐食性を確認することができました。
調査で得たデータはどのような分野で活用できるでしょうか。
海洋環境でのアルミの使用は、海外ではそれなりに例があるものの、日本ではほぼ事例が存在しません。異種金属との絶縁に注意すれば、海でも問題なくアルミを使用できることが示された今回の結果は、今後、海沿いや海の上の施設をつくる際の、基礎データになると思います。例えば、風力の洋上発電設備などの構造物にもアルミを活用できるかもしれません。アルミならステンレスやチタンと比べてコストも抑えられますから、可能性は広がると思います。
調査に携わられた感想をお聞かせください。
今回、アルミ桟橋自体のデータに大きな価値があることはもちろん、第1回から第2回にかけて実施した、試験体の暴露試験も非常に有意義だったと思います。これは、使用される可能性が高い6種類のアルミニウム表面処理仕様と、異種金属のボルト・ナットを組み合わせたものを、第1回の調査時に桟橋の柱脚に取り付け、2回目に回収して観察したものです。暴露期間は4年1カ月とそれほど長くはありませんでしたが、貴重なデータを収集できました。
また、柱脚に関しては、海からの距離で番号を振り、評価を行いましたが、それぞれの柱が海に漬かっている時間などを定量的に示すことができれば、さらに踏み込んだ結果を得ることができたかもしれません。水位の動きやその影響にも興味があります。
実態調査に加え関連する試験も合わせて行い、全体を通して非常によいデータを取ることができたと考えていますので、ぜひ活用いただければと思います。
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