藤本 壮介
聞き手 畔柳 昭雄
2000年に行われた青森県立美術館設計競技で2等となり、一躍時代の寵児となった藤本壮介氏。今年は東京アパートメントと武蔵野美術大学美術館・図書館という話題作も完成。一層注目が集まる藤本氏に、建築観を語っていただきました。
発見が継ぎ足されながら建築ができていく
― お伺いする前に東京アパートメントを見てきました。まさに東京そのものを表している作品ですね。
僕は建物にあまり名前をつけないのですが、これは「東京アパートメント」という名前なんじゃないかという直観がありました。とにかく東京という言葉がついていなくてはいけないと思ったのです。名前を発見したことで、この建物に対するスタンスがはっきりし、そのことでさらなる「東京」を発見することができ、さらにまた別の発見が継ぎ足されて形ができていきました。
― 東京という観念だけが先行しがちなところを、おおらかにまとめあげている点に驚かされました。
東京らしさの表現ということはありますが、「どうしたら住んでいて楽しいか」を常に考えていたことが、ある種のおおらかさを生んだのではないかと思います。唐突に柱が出現したとしても楽しければよいのではないか、上階に行くのも梯子で登っていったら楽しいんじゃないか、そういったことを考えながら案を詰めていったのです。東京というのは結構ラフというか、いい加減なものの集積であり、そこが魅力になっています。ここでも、何でこうなっているのか最終的によくわからないところを残しつつ、だけれども心地よいことをうまく見つけていこうとしました。
― 土地のコンテクストを大切にされているようですし、そのせいかある種の懐かしさも感じました。
僕は北海道で育ち、大学で初めて東京にきたのですが、そのとき意外にも居心地がよかったのです。初めて見る町だけれども既視感がある。そういった印象を持ちました。ですから東京アパートメントでも、この感じを出したいという気持ちがありました。その中で、誰もが何とはなしに思い入れを感じている家という形を使いたい、また、それを小さくして積み上げることで東京らしさが表現できないかと思ったのです。
― 複雑な形状ですが、木造を採用していますね。
予算のこともあって木造を選択したわけですが、構成上、上階の柱が下階の部屋の真ん中にあったり、思わぬところを突き抜けたりしています。普通はそういうことがないように設計するのですが、意外性が面白くて、それを前提に住み方や場所の使い方を考えると、結果として木造が正解だったと思います。その雰囲気は木造ならではのものでした。
― 屋根だけ素材を変える、家それぞれの色を変えるなど素材や色に関する選択肢は無数にあったと思います。
相当数のスタディをしています。結果、雑然とした町の中に、色が塗り分けられた、あるいは違う素材のものが積み重ねられていたら、なんだか訳がわからなくなりそうな気がしてやめました。真っ白にすることに対して抵抗感がなかったわけではありません。白はよい意味でも悪い意味でもシンプルでニュートラルすぎる嫌いがあります。しかし、形があれだけぐちゃぐちゃしているのであれば、まわりとは異質だけれどもつながりも感じられる白が相応しいのではないかと思いました。
― 設計における多様な選択肢の中から1つを決定する際のポイントはありますか?
部分を見て、きれい、汚いを論じることにあまり意味はありません。全体と部分の関係で、厳密にしなければいけないとか、そっけなくした方がかえってよいといったことが決まってくるのだと思います。全体と部分の関係は、常に全体側にフィードバックされます。その中で色とか素材が浮かび上がってきます。そういう意味ではありとあらゆる可能性が建築にはあって、試行錯誤を繰り返しました。特に色合いやテクスチャーは、何を選択するかによって東京の中での建ち現れ方が変わってきますので、その点を議論しながら進めました。例えば屋根のガルバリウム鋼板の折り方と外壁のガルバリウム鋼板の折り方を同じにした方がよいのか、変えた方がよいのかといった問題です。結果、屋根は屋根らしい幅の広い折りに、外壁は外壁らしくもう少し幅を狭くした折りにすることになりました。全体と部分の関係を見ていくと、好き嫌い以外に、別の尺度を発見できるのです。
無数の予感が集積する空間
― 全体と部分の関係、あるいは空間と空間の関係に興味を持たれたきっかけは何ですか。
大学2年生の後半くらいでしょうか。ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオンなど、線が何本か書いてあるだけのプランを見たことがきっかけです。部屋が四角く区切られておらず、何となくぬるぬると流れ、移り変わっていく空間に対し、これは気持ちよさそうだぞと思いました。それ以来、つながっていることと切り離されていることがどう混ざり合っているかが、自分にとっての興味の対象となりました。それが自分にとっての空間の原風景となり、いまもずっとそれを追い求めているように思います。
― 東京アパートメントを説明する際に「無関係の関係」という言葉を使っていらっしゃいましたね。
空間の中に密度の濃いところと薄いところ、あるいはちょっと奥まったところをつくるようにしています。しかし、集合住宅の場合は1つ1つの空間の単位が小さいので、そこに濃淡をつくることはできません。住戸と住戸の関係をどうするかに尽きるのです。ただ、東京アパートメントの場合は住戸の上に住戸が乗っかっていますので、整然とした関係を構築するよりは、むしろ唐突に結び付けた方が面白いだろうと思いました。上階の柱が下階の空間の真ん中を貫通しているけれど、仕方がないからそれを利用していることで関係性が生じます。こういった関係を説明するのに「無関係の関係」という言葉を用いました。
― 武蔵野美術大学美術館・図書館では「森」という表現を使われていましたが、この「森」も何らかの関係性の現れなのだろうと思います。
この図書館で面白かったのは、人間の体験に関することです。人は基本的に目の前にあるものを通して体験をするわけですが、目の前にあるものといってもさまざまです。手前にあるもの、向こうにあるもの、いろいろです。さらに見えないのだけれど向こう側にはあると想像できるものもあり、それが空間の奥行きにつながります。実際に見えるものしか意識できなければ、歩いていてもつまらない空間になってしまいます。ミースの空間の場合、壁の向こうに何かがありそうだなと感じることができるわけです。そしてそちらにいくとやはり何かがある。違う雰囲気の場所があるのです。人間のまわりに広がっている建築の空間は、ある1個の空間ではなく、いろいろな予感の集積です。それらすべてが働きかけてくること、それが建築における体験なのです。しかし、それはあくまでも予感ですから、体験する個人と割り切った関係を構築することができません。それが面白さだと思うのです。1つの建物の中で、割り切れない関係の濃淡ができてきます。その起伏を感じながら歩き回ることの楽しさをこの図書館では意識させられました。何度行っても面白い空間です。自分で設計していうのも何ですが、未だによくわからないから飽きないのだと思います。
厳密なシステムと森を散策する時の楽しさの両立
― 渦巻き状プランのイメージはどこから生まれたのですか。
家は、町や通りといった外部と自分のプライベートなエリアを壁で仕切ることで生まれます。しかし、単に壁で仕切るのでは面白くありませんから、奥まった空間をつくることで外とプライベートなエリアの距離を離すことを考えました。さらにこれを発展させたのが渦巻き状プランです。渦巻き状プランにすれば、少し町の声が聞こえるくらいの内部から、まったく外部と隔絶された奥までを、連続した空間としてつくることができます。連続する空間では、都市と家の距離を無段階で選ぶことができる。そこがとても面白いと感じていました。この図書館で渦巻き状のプランを採用したのは、空間の面白さに加え、図書館が持つ現実的で厳密な本を並べるシステムを実現するのにもっとも適した回答だったからです。さらに一歩間違うと迷ってしまうような、歩き回って楽しい空間も同時に実現可能であると思われました。図書館が要求する厳密なシステムと、森を散策する時の楽しさの両立が、たまたま書いた渦巻き状の空間で可能であると感じたのです。
― 本棚が建築になった感じですね。
渦巻き状プランがもっている1つ1つの帯の幅をきちんとすれば、そこに比較的快適なスケール感が生まれます。しかも一方には遮るものがありませんので、決してこぢんまりした空間にはなりません。快適性と空間の連なりを兼ね備えている、しかも真っ直ぐではなくて少し曲がっているので全体としては囲まれている。それが渦巻き状プランの空間の面白さだと思います。しかも、壁に穴を開ければ、大きい場所にいる感覚と比較的守られた場所にいる感覚を同時に享受することができる。そう考えると単に広い空間をつくって本棚を並べるだけではできない何かが、渦巻き状プランによって実現できるのではないかと思いました。この大きな図書館が1つの本棚でできているというのは、想像するだけでも楽しいものでした。これまで設計した建築の中でもっとも大きく大変でしたが、しっかりした骨格と適切なスケール、そして良質な光があれば、どのようなスケールになっても大丈夫だと確信することができました。
― 東京アパートメントには、工場でアルミの家型をつくって、それを現場で積んでいくつくり方もあるのではないかと思いました。
アルミのシステムには興味があります。アルミの高い精度、つまりサッシ的な精度で構造体をつくることで、ストラクチャー、素材、ディテール、空間という4つの問題を同時に考えることができます。これらは個別に考えるよりも、全体として考えた方がより面白いものができると思います。その意味で、アルミをシステムとして考えることはある種のあこがれです。実際に自分がやるとしたらどうなるのかはわかりませんが、システマティックになりすぎないシステムみたいなものができると面白いと思います。ペンローズというイギリスの数学者が考案したペンローズタイルは2種類の絵柄をもっていますが、どう並べても同じパターンの繰り返しになりません。微妙に違ったパターンに変化していくのです。それは数学の世界でも大きな発見だったのですが、それに近いイメージ、つまり基本的には繰り返しだけれども、そこに多様さが生まれるシステムがアルミなら可能なのではないかと思っています。
(藤本壮介建築設計事務所にて)
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藤本 壮介(ふじもと そうすけ)
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1971年 北海道生まれ。
東京大学工学部建築学科卒業後、2000年 藤本壮介建築設計事務所を設立。
2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞、2015年パリ・サクレー・エコール・ポリテクニーク・ラーニングセンター国際設計競技最優秀賞につぎ、2016年Réinventer Paris 国際設計競技ポルトマイヨ・パーシング地区最優秀賞を受賞。
主な作品に、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2013(2013年)、House NA(2011年)、武蔵野美術大学美術館・図書館 (2010年)、House N (2008年) 等がある。
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畔柳 昭雄(くろやなぎ あきお)
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1952年 三重県生まれ
1976年 日本大学理工学部 建築学科卒業
1981年 日本大学大学院博士課程修了
2001年~日本大学理工学部 海洋建築工学科教授